中国留学体験記

前原 啓旦

 私は北京大学にTSA留学、そして上海の復旦大学にDD留学でそれぞれ一年ずつ滞在しました。二年間という長いようで短い期間の中で、数多くの貴重な体験をすることができたと思います。

一、北京留学

 北京大学では中国語を中心に中国の思想哲学、歴史等多岐にわたる内容の授業を受けました。語学の習得にとどまらず、中国という国を構成する歴史や文化に触れられるカリキュラムは中文コースの一員として中国について勉強する上で、非常に役立ちました。また、学校の内外を問わず、沢山の友人が出来ました。皆国籍は様々で、中国、韓国を筆頭に、アメリカやフランス、更にはエジプト人の友人までできました。彼らとは今も交流が続いており、一生ものの財産です。

 北京滞在時に最も力を入れていたのは映画祭活動です。当時、東京都による尖閣諸島国有化に端を発した一連の出来事により、日中両国民の対日及び対中感情は悪化の一途を辿っていました。正直なところ、私も渡航直前に日本のテレビで反日デモの様子を見て、恐ろしいところに留学を決めたものだなあ、などと思っていました。ところが、実際に現地の人々と交流してみて、多くの日本人が中国人に対して持っているイメージと現実の中国人との間には大きなギャップがあるように感じたのです。また、同様に中国の人々も日本や日本人を色々な面で大きく誤解している部分があるように思いました。そこで、日本(人)と中国(人)の(限りなく)リアルな姿を描いた上質なドキュメンタリー映画を厳選して上映することで、こういった誤解を解くことが出来るのではないかと考えました。このようにしてドキュメンタリー映画祭の開催を決めましたが、実行には困難が付きまといました。毎週日曜日のワークショップを続けることは勿論、日本人と中国人約二十人からなるメンバーをまとめ上げるのも本当に大変で、人間関係のもつれからくるトラブルに見舞われることもしばしばありました。最終的に総観客数五十人程度の小規模な映画祭を開催したのですが、実際に訪れてくださった中国人の方から寄せられた感想の中に「日本人にこんな一面があるのだと知って、視野が広がりました」という主旨の一文を見つけ、個人的に満足するとともに、このような所謂「草の根運動」には地味だが一定の意味があるということを確信しました。

二、上海留学

 上海の復旦大学での留学は、北京のそれとは全く違ったものでした。まず、授業が語学中心のものではなく、中国語を使って勉強するものであるという点。学校の勉強に割く時間は北京にいたころよりも大幅に増えました。「来週までに三千字(もちろん中国語で)レポートを書いてきて!」と言われることが当たり前の状態に、最初の頃はついていけるのかと不安になったりもしました。しかしめげずにパソコンのキーワードを叩いているうちに、中国語への不安よりも勉強内容への興味が勝り、最終的には中国語でレポートを書くことが苦にならなくなりました。ここで中国語のライティング力が飛躍的に伸びたと思います。

 全体的に勉強中心になってしまった上海留学でしたが、意識的に現地の人々との交流の機会を設けました。例えば携帯電話を買った際に、店員の方に電話番号を教えてもらい、そのまま仲良くなって上海を案内してもらいました。確かにDD留学は勉強が非常に忙しいですが、折角中国で生活するのだから、積極的に時間を作って現地の方と交流すべきだと思います。

三、まとめ

 二年間の留学生活を通して強く感じたことは、自分で実際に見てみる、やってみることの大切さです。月並みですが、机の上で学んだ知識だけでは不十分であり、それを糧に自分で一歩を踏み出してみて初めてその知識が生きてくるのだと思います。留学はその一歩を踏み出すのに非常に適した機会だと思います。